ある記憶

家の中が、がらんとしている。いやな胸騒ぎというより、いきなり2Fから突き落とされた感じといったほうが正確だ。最近、彼女の帰りがやけに遅くて、午後勤務で夜中に帰って来てもいない時がある。共働きだからといっても、常識があるだろう。ずーとなにかいやな感じがしていたのだ。「晩飯のおかずのお魚を買っといて!」と言っても、以前は、「私はあなたの家政婦じゃありません。」と憎たらしいことを言って、よくケンカしたものだが、今はそういう言い合いもない、静かなもんだ、静かに毎日が過ぎていく。そして、勤務時間がお互い違うものだから、よけいに話すときがない。ベットもなぜか二つあるものだから、お互い違うベットで寝ているので、肌の触れ合いもない。

それを言い出したのは彼女のほうなので、今更こちらから一緒に寝ようとも言えない。この状況、いつか爆発するのは目にみえているのだが、仕事の疲れと癒されない心の疲れは、状況を変える力もない。

ほんとにそんな毎日だったのが、つい最近やけに彼女の帰りが遅い。問い詰めるなんてことをする暇もないし、彼女の帰宅時間には、すでに寝ているし、次の日の朝は早い。サラリーマンなんておそらくこんなもんだろう、おそらく若い人は。すれ違いの毎日だ、今だから言えるが。

彼女の使っていた部屋にはなにもない、がらんとしている。真空になった頭で外に出る。蒸し暑い夜だったと思うのだが、暑いというより寒気がする身体で、義母のいるアパートに向かう。明るい月夜だが、ちょっとした畑の外周をぐるっとまわりながら、駅そばの住宅密集地をめざす。枯れたような道横の灌木を少し仰ぎ見ると、枝の間から凍り付いたような朧月が浮かんでいる。

 

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