三島由紀夫「金閣寺」、名作の一部紹介!



金閣に憧れ、金閣と共に学僧生活を送り、一時は後継者と目されながら、生への呪いか、金閣の美の魔力か、彼の魂は病み、その心は変質してゆく。

「このひどい疲労をどうしたものだろう」と考えた。「なんだか熱がこもっていて、けだるくて手を自分の思うところへ動かすこともできない。きっと私は病気なのだ」
金閣はなお輝いていた。あの「弱法師」の俊徳丸が見た日想観の景色のように。俊徳丸は入日の影も舞う難波の海を、盲目の闇のなかに見たのであった。曇りもなく、淡路島、須磨明石、紀の海までも、夕日に照り映えているのを見た。・・・・
私の身は痺れたようになり、しきりに涙が流れた。朝までこのままでいて、人に発見されてもよかった。私は一言も、弁祖の言葉を述べないだろう。

・・・・さて私は今まで永々と、幼時からの記憶の無力について述べて来たようなものだが、突然蘇った記憶が起死回生の力をもたらすこともあるということを言わねばならぬ。過去はわれわれを過去のほうへ引きずるばかりではない。過去の記憶の処々には、数こそ少ないが、強い鋼の発条があって、それに現在のわれわれが触れると、発条はたちまち伸びてわれわれを未来のほうへ弾き返すのである。
身は痺れたようになりながら、心はどこかで記憶の中をまさぐっていた。何かの言葉がうかんで消えた。心の手に届きそうにして、また隠れた。・・・・その言葉が私を呼んでいる。おそらく私を鼓舞するために、私に近づこうとしている。

「裏に向ひ外に向って逢着せば便ち殺せ」
・・・・その最初の一行はそういうのである。臨済録示衆の章の名高い一節である。言葉はつづいてすらすらと出た。
「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、始めて解脱を得ん。物と拘はらず透脱自在なり。」

言葉は私を、陥っていた無力から弾き出した。俄かに全身に力が溢れた。とはいえ、心の一部は、これからやるべきことが徒爾だと執拗に告げてはいたが、私の力は無駄事を怖れなくなった。徒爾であるから、私はやるべきであった。
傍らの座蒲団と風呂敷を丸めて小脇に抱えて、私は立ち上がった。金閣のほうを見た。きらめく幻の金閣は薄れかけていた。勾欄は徐々に闇に呑まれ、林立する柱は分明でなくなった。水の光は消え、軒庇の裏の反映も消え去った。やがて細部はことごとく夜闇に隠れて、金閣はただ黒一いろのおぼろげな輪郭をとどめるだけになった。・・・

私は駈けた。金閣の北をめぐった。足は馴れていて、躓くことはなかった。闇が次々とひらいて私を導いた。

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